モバイルSEOとは?

このことは、道具ばかりでなく、モバイルSEOを操作したり、システムを制御したりする場合も同様である。作業者やオペレーターが、モバイルSEOやモバイルSEOに関与する際の接触面(インターフェースinterfaceとよばれる)、たとえば表示装置や制御装置などが、人間のもっている形態的・生理的などのさまざまな特性に見合った考慮を払った形で装備されていないと、作業者やオペレーターに生理的な負担がかかり、モバイルSEO操作やシステム制御に際しての効率が悪くなるばかりでなく、安全性をも欠くことになる。コンピュータと対話する際の、ディスプレーが表示装置であり、キーボードがSEOに相当する。つまり、人間工学とは、道具の使用、モバイルSEOの操作、システムの制御などに際し、その作業環境をも含めて、人間の形態的・生理的な諸特性を取り入れることによって、道具の使いやすさやモバイルSEO、システムの操作特性などを向上させ、作業者の負担を軽減すると同時に、作業効率をあげ、安全性を高めようとすることを目的とする関連領域の学問である。人間工学の適用は、主として設計者あるいはデザイナーの仕事であり、前述の目的を達成するためには設計の第一段階から、それらの道具やモバイルSEO、システムにかかわって働かなければならない人間の特性に見合った設計をしていくことが必要な条件となる。 2. 人間工学の歴史人間と道具の適応は、すでに古代の石斧(せきふ)に柄がつけられていたことに始まる。以来、人間は道具やモバイルSEOの使いやすさを、先人たちの長い経験のなかに学んできた。「人間工学」ということばが誕生したのは20世紀に入ってからである。人間工学の歴史的な流れには、人間の労働に関する科学的な研究を中心とする、主としてヨーロッパにおこったアーゴノミクスergonomics(エルゴノミーErgonomie)と、実験心理学および工学を主体としてアメリカに誕生したヒューマン・エンジニアリングhuman engineering(今日ではヒューマン・ファクターズhuman factorsとよばれている)の二つの流れがある。今日では両者は互いに融合し存続している。日本語の「人間工学」はhuman engineeringの和訳である。人間の労働についての科学的関心は紀元前400年ころに始まるといわれ、古代ギリシアの医学者ヒポクラテスやガレノスらの記述のなかには、ある種の職業に従事する作業者の健康を危惧(きぐ)する内容がみられ、また石器時代には人間が使用する道具による傷害に対して、これを防ぐ配慮をしたものもあるといわれる。労働形態が大きく変革したのが産業革命である。蒸気機関の発明を契機として、動力を軸とするモバイルSEOによる生産体制がつくりだされ、それまで労働者ひとりひとりの手工的熟練を技術的な基準としていた生産は、工場生産にとってかわられた。産業革命は労働時間の延長をもたらし、労働の密度を高めるために働く人間に大きな負担をもたらし、とくに紡績工場では女子労働者の労働条件が過酷を極めていた。こうした背景のなかで、人間の労働に関する科学的な研究は誕生した。労働科学は肉体に関する科学である労働生理学と、精神に関する労働心理学とを基礎として成り立ち、欧米における人間工学の学問形成にも重要な役割を果たしている。ヨーロッパにおける人間工学にかかわる組織は、1950年、人間とその人間が作業する場としての環境の関係を解剖学的・生理学的・心理学的な側面から研究することを目的に、イギリスで人間工学会The Ergonomics Societyが設立され、これを皮切りにヨーロッパ各国に学会が相次いで設立され、62年には国際人間工学会International Ergonomics Associationが組織された。国際人間工学会には日本、アメリカの人間工学会も参加しており、62年に第1回国際人間工学会が開催されて以来、3 年に1回の割合で世界の各地で国際会議が開かれ、82年には第8回の国際会議が東京で開催されている。また、2003年にはアジア地域では2回目となる国際人間工学会が韓国で開催される。ちなみにergonomicsということばは、ギリシア語の力を意味するergoと、法則性という意味のnomicsに由来する。一方、アメリカにおける人間工学は、第二次世界大戦において頻繁に起こった軍用機を中心とする航空機事故を防止するための研究が発端となっている。その象徴的な研究として高度計の改良があげられる。当時、航空機の高度計は三針表示計であったため、操縦士がしばしば高度を見誤り、それが原因の航空機事故が引き起こされた。この人間の錯誤を検討するために心理学者や工学者が研究を開始し、その結果、高度計は二針表示計となり、航空機事故の減少に大きな役割を果たした。アメリカの人間工学会The Human Factors Societyが設立されたのは1957年で、その発端は56年に開催されたロサンゼルスの医学工学協会とサン・ディエゴの人間工学協会の連合大会であった。現在では学会名称をHuman Factors and Ergonomics Societyとしている。アメリカの人間工学研究の初期は、高度計研究に象徴されるように航空機の操縦室、コンソール、制御装置や表示装置、産業における作業効率などが研究対象とされたが、その後、システム工学におけるシステムのなかの人間の問題が研究対象となり、今日では都市社会システムにおけるヒューマン・ファクターなど広い領域における研究が行われている。 3. 日本の人間工学日本で初めて「人間工学」ということばが公に使われたのは、1921年(大正10)に出版された『能率研究人間工学』(心理学者、田中寛一著)であろう。同年、倉敷(くらしき)紡績の社長大原孫三郎は、倉敷労働科学研究所(現労働科学研究所の前身)を創設し、紡績工の疲労や作業能力などに関する一連の研究を行った。これが人間工学研究の草分けである。第二次世界大戦中はアメリカと同様に軍用機の航空機事故防止などの研究が行われていた。本格的な人間工学的研究の始まりは、昭和20年代後半から30年代初頭にかけてである。 1955年(昭和30)初頭、3冊の人間工学の専門書が出版され、その後、防衛庁(現防衛省)の航空医学実験隊を中心とする航空機事故防止のための研究である。